オバマの広島スピーチとデジタル矯正 ( Digital Orthodontics ) と
有本 博英 矯正歯科医
2016.05.28
こんにちは、有本博英です。デジタル矯正( Digital Orthodontics )研究会、という学会に去年に続き参加してきました。素敵な朝ごはんが食べられるウィズザスタイル福岡というホテルで開催されました。
近年、矯正治療においてもデジタル化がどんどん進んできています。
CTによる3次元硬組織データのデジタル化
口腔内スキャナーによる歯列のデジタル化
顔面表面のスキャニングによるデジタル化
これらを用いたコンピューター上の歯ならびのセットアップと装置のデザイン
治療結果のシュミレーションなどなど、、
歯科治療のデジタル化は、様々な面での効率化・簡便性・正確さをもたらします。
しかし今回のテーマは『失敗例から学ぶ』ということでした。
そもそも矯正歯科医がゴールとすべき審美的・機能的噛み合わせに、はるかに到達していない状態を失敗だというふうに考えるとすれば、その原因はほとんどの場合、誤診か稚拙な技術か、どちらかですね。(予測不能な成長変化なども誤診といえば誤診ですね)
で、そうした発表が招待演者から多く続いたのですが、最後にこのデジタル矯正研究会主宰の先生であるRohit Sachdeva先生が、口を酸っぱくして強調されたのは要するに、『デジタルが治すんじゃない、ドクターとしてのあなたが自分の頭で考えることで治しなさい』という、なんだかデジタルを使うためにはアナログで行けと言わんばかりの結論で、当然と言えば当然のことなのでした。
テクノロジーは術者の作業を非常に簡単にします。矯正治療で言えば、私の父の時代は全ての歯にバンドを巻いていましたが、私が学び始めた頃は歯に接着するだけで済みました。そして、全ての角度や方向をワイヤーを手で曲げることで表現しなければいけなかった時代は去り、今はデジタルスキャニングした装置の位置付けをもとに、ロボットがワイヤーを曲げてくれます。
さらにインビザラインになるとワイヤーすら不要で、術者は歯型をとるだけで済む。iTeroがあれば印象さえ不要でスキャンするだけ。これは矯正を始めようとするドクターに要求する技術レベルの敷居を著しく下げることになり、多くの専門医でないドクターが矯正を始めるきっかけとなっています。
しかしながら、矯正治療というのは、バイオメカニクスやフォースシステムの理解・歯周組織の反応・成長発育・個体差・心理学・社会学・審美・咬合機能など、様々な学問的バックグラウンドを持って治療目標を設定し、治療戦略を立て、治療戦術を選択しなければなりません。機器や道具はどんどん進化していきますが、そうしたバックグラウンドを持って自分の頭で判断することがなければ、今回発表されたような失敗症例はむしろ増えていくかもしれません。
ちょうど昨日(2016年5月27日)、オバマ大統領が広島を訪れ、17分の歴史的・感動的なスピーチを行いました。その中のフレーズにこんな一節がありました。
Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos, but those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.
科学の力で、私たちは海の向こうと話し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解することができます。しかしそのような科学的発見がかつてなく効率的な殺人機械を作ることもできるのです。
近代の戦争はこの真実を私たちに教えてくれます。ヒロシマがこのことを教えてくれています。人間社会の成長なきテクノロジーの発展は私たちに破滅をもたらし得るのです。核分裂につながる技術が科学的革命であるならば、人間のモラルの革命も同様に要求されるのです。 (有本訳、太字下線注有本)
オバマ大統領スピーチ全文はこちら
矯正学の分野でも同じですね。テクノロジーの発展自体は歓迎すべきものですが、今こそドクターの資質が問われているのだと思います。
最後になりましたが、毎年この会を開催されている久保田隆朗先生、ありがとうございます。また、ものすごい勢いて講演されるSachdeva先生の通訳、本当に大変だったと思いますがありがとうございました。ではでは。