大人の矯正 – やめたほうがいい?注意点は?
有本博英 矯正歯科医
2021.01.04
大人になってから矯正治療を考える患者さんが最近増えています。30代後半から50代・60代の患者さんが増えているのです。コロナ禍でマスクをみんなしている間に矯正治療をやろうと思われたり、マウスピースで矯正ができるならやってみようかなと思われることも多いように思います。
大人の患者さんが矯正治療を考えるきっかけは?
大人になってから、人生も半ばにさしかかった患者さんが矯正治療を考えるようになったきっかけとして多いのは、年齢を重ねていくごとに歯ののガタつきが大きくなってきたとか、歯茎が下がってきて歯のガタガタがより気になるようになった、というようなものです。30代くらいまでは多少歯並びが悪くても、そんなに気にならなかった。ところが、最近その歯並びが崩れてきたように感じる。1年前よりも歯が重なっている。前歯が出てきた。どんどん歯並びが悪くなってきた。そういう患者さんが矯正相談に来られるのです。
一般の歯科治療ではどんなことが行われている?
歯の健康状態は、加齢とともに弱くなります。そして、中年以降、様々な形で症状が現れてきます。虫歯がひどくなってくる、歯がぐらついてくる、歯茎が痩せてくる、前歯が重なってきた、噛み合わせが深くなってきた、前歯が出てきた etc.
そういう場合、一般的には歯医者さんに行くとどういう治療をされているのか?イースマイルに来る前に、一般歯科で仕事をしていたトリートメントコーディネーターの坂平さんによると、そこでどういう治療が一番多かったかというと、やはり虫歯治療。これは削って被せるという治療です。更にひどくなると抜歯をしてブリッジを架ける。抜歯部位が多くなってくると部分入れ歯->総入れ歯、というような治療がほとんどだったそうです。つまり、一般的な歯科治療のほとんどは悪くなったところを治す「修理」の治療なのです。日本の歯科治療はほとんどが保険治療で、このような治療は典型的な保険治療の行き着く先。しかし、「修理」に「修理」を重ねた治療は、最後には崩れてしまいます。
大人の矯正治療の真の価値
私(有本)は現在50代半ばです。幸い健康に問題はなく、ランニングしたり山に登ったりもしますが、やはり30代40代の時に比べれば時々腰が痛くなったり息切れしやすく感じることもあります。これから歳をとって行って、60代・70代・80代と成長(笑)していけばもっと体は弱くなってくるでしょう。これまでのように年に10回も海外の学会に出かけて旅行を楽しんだり、丸1日ステージに上がって講演したりというのはキツくなってくるでしょう。20代の時のように、朝から晩までスキーを滑り続けるとか、2日かけて富士山に自転車を担いで登頂した後1時間で下り降りるとか、50キロ以上のリュックを担いで2週間山を歩き続けるとかはもはや無理。誰しも歳をとると体が弱くなる。そうした時に最後まで残る楽しみは、食事ではないでしょうか?
美味しいものを食べると楽しいですし、友人や家族と食事をするのも楽しい。食べるのに別に体力はいらない。健康で、歯がよければ、何歳になっても美味しい食事は楽しめるのです。
それが歯が悪くなって奥歯が抜けたとか、入れ歯になってしまったとかなると、美味しいものもなかなか楽しめないでしょう。いくら美味しいものが出てきても、入れ歯で美味しく食事を楽しめると思いますか?
これから超高齢化社会と言われていますが、60,70でも全然元気な人、80でも90歳近くでも元気な人がいる一方で、ちょっと元気なくなってきた70代80代の方とでは全然生活のクオリティが違ってきます。
歯の健康問題は人生の後半にものすごく重要なパートを占めてくると思います。
そういう意味で大人の矯正治療は、人生の後半を充実したものにするとても有意義な治療になるのです。
一般の歯科治療と、矯正治療の違いは?
先に、一般の歯科治療は「修理」の治療であると言いました。矯正治療と何が違うのか?
矯正治療というのは「フルリフォーム」なのです。
お口の中のフルリフォーム。全体から考えてその人に合わせた最適な治療ゴールを決めるのです。その上でブリッジをすることもあると思います。被せを入れたり、インプラントを入れることもあでしょう。しかし、矯正治療を入れるということはお口のフルリフォームです。歯ならびが整うばかりでなく、歯ぐきの状態も良くなるような、噛み合わせも含めて全体のバランスを考えた治療がフルリフォームの治療です。
大人ならではの注意点
でもやっぱり大人ですから気をつけないといけないところがあります。矯正治療は何歳になってもできると言われていますが、若い時と全然違うお口の環境だからです。
歯茎の状態を考慮する
大人の治療で基本的に考慮しなければいけないのは歯茎の状態です。一般的に歯茎が健康な人であっても加齢とともにだんだん痩せてきます。骨の量も少なくなってきます。
それは一般的な加齢変化です。歯茎の状態を考慮に入れないと矯正治療でよけいに歯茎が痩せてしまったり、歯肉退縮を起こすなどのリスクがあります。そういう部分をきっちりと診断し、場合によっては歯茎の骨や歯肉を補強するような治療が必要になります。
これまでの歯科治療(修理)の後片付けをする
もう一つは大人ですからそれなりに今までの人生歩んできたものがあって、虫歯があったり、昔治療した虫歯が弱っていたり、歯並びが悪い状態で補綴物を入れていたり、あるいは歯がなくなっている部分があったり。。そうしたもの全部含めて個別化した最適ゴールを診断しないといけない。
特に根っこの治療をしている歯が結構あるという人は根っこの治療のクオリティが様々で、やり直しになることも多いのです。
一般的に根っこの治療は保険でできて、トータル数千円しかかかりません。しかし根っこの治療は実はとても難しく、その技術の差で歯の寿命が決まります。根っこの治療は、感染した神経を綺麗に除去するというのが基本ですが、神経の形は実に複雑で、治療を繰り返すと内側からちょっとずつ歯が削れていって歯にヒビが入ってしまったり、感染した神経が綺麗に取りきれてなくて病気が再発し、結局抜歯になってしまったりするのです。そうした治療をきっちりするには専門的技術が必要で、時間もとてもかかりますし、顕微鏡などの高額医療機器も必要です。
こうしたことから根っこの治療はアメリカではほとんど専門医がする治療で1根管1000ドルくらいかかります。ちなみに奥歯は大体3根管あるので奥歯の根っこの治療だけで3000ドルかかるということです。日本にも専門医の先生がいて、やっぱり1根管10万円から15万円くらいかかりますが、もう絶対保たないだろうというような歯でもきちんと治療されて帰ってこられるので本当に値打ちがあると思います。
歯は抜けてしまったら入れ歯やインプラントを入れるなどの人工物になってしまいます。もしくは矯正で隙間を詰めれれば良いのですが、全て場合で詰めることができるわけではありません。これまでの歯科治療の積み重ねというものを含め、専門医の連携で判断して治療ゴールを作っていく必要があります。
本当のアンチエイジング治療
そうした専門医の連携治療は本当のフルリフォームになります。リフォームによってボロボロのお部屋が新築のように変化するというビフォーアフターという番組がありますが、本当にあのくらい若返ります。
これからの人生、人生の後半どれだけ幸せに生きられるかに影響することですので、しっかりと専門医が連携できるところで治療していただきたいと思います。
簡単ではない部分もあります
もちろん、少し歯茎が痩せている程度であれば普通に矯正治療だけでできます。しかし、歯茎の治療、根っこの治療、最終的な被せの治療など、いろんな条件が入ってくることがあるのも事実ですから、そうなると決して楽な治療ではありません。費用もかかってきます。大きなリフォームはそれなりに頑張らないといけない部分があります。初診コンサルテーションでこのようなお話をすると、驚かれることもあるのですが、今後の人生のクオリティを確実に上げる、大きなリフォームをするチャンスということだと思います。
そこで、前歯だけとか、簡単にセラミックでとかいうふうな治療を勧めるドクターもいるとは思いますが、これは「ちょっと大掛かりな修理」というだけでリフォームではありません。結局良いように感じるのは一時的で、またすぐに崩れてしまうのは目に見えています。イースマイルでおすすめするのは、周りの環境と調和をとって長持ちできるサステイナブルな治療です。全体を見て、時間軸も考慮に入れた、治療ゴールを考え抜いた治療。それが大人の矯正治療で大切なことだと考えています。
昔、某セミナーの懇親会ですごく綺麗な格好をした女性と隣り合わせになって、お話をする機会がありました。そのセミナーの参加者は経営者とか著者が多かったので、歯科関係者ではありません。その女性は、僕が歯医者だということを知ると、「歯ってすごい大事ですよね」「私、歯には絶対に自信があるの」というふうに仰いました。でも私たちプロから見れば、ちらっと見ただけでどういう治療をされているか、大体わかってしまいます。白い前歯は全部セラミックが入っていて、奥歯に欠損がありました。臼歯が抜かれてて前歯見えるところだけセラミックを入れている。セラミックも1本10万とか15万とかしますから上下ですごいお金がかかってるのはわかりますが、歯茎の高さも揃っておらず、元々歯並びが悪かったのを、いわゆるセラミック矯正をしている。あの状態は「歯のドーピング」で、長持ちしないだろうなと思いました。歯の健康が大切だからこそ、きっちりとリフォームを考えた大人の矯正治療を楽しんでいただければと思います。