【前医と後医】後医が名医に見られがちな理由と、患者が気を付けるポイント
有本博英 矯正歯科医
2025.02.24
医療を受けていると、前医(最初の担当医)と後医(次の担当医)の複数ドクターにかかるケースがあります。たとえば、引越しによる転院や専門医の紹介、治療方針に疑問を感じてセカンドオピニオンを受ける場合など。
「クリニックを変えたら、すぐ良くなった! やっぱり後の先生のほうが名医だな……」
そういう場合、患者さんは、こういうふうに後医の方を名医と認識する傾向があるそうです。しかし、患者さんが「後医こそ名医」と思い込みやすい背景には、いくつかの理由があります。本記事では、そんな前医・後医問題を取り上げながら、医師が本来守るべき姿勢や患者として気を付けるべきポイントをご紹介します。矯正治療の現場でも起こりがちなケースを踏まえ、患者さんが安心して医療を受けるためのヒントにしていただければ幸いです。(2016/6/19初出を改変)
目次
1. 後医が名医と思われる3つの理由
(1) 後医は前医からの情報を持っている
前医が時間をかけて行った検査結果や経過が、すでに揃っている場合があります。後医はその情報を参考にできるため、よりスムーズに治療方針を立てられるのです。
(2) そもそも治療が進んでいて、すぐに治る状態だった
前医の治療が基礎を固めている状態で引き継ぐと、「後医にかかった途端、あっという間に良くなった!」 という印象を与えがち。実際は前医が下地を作ってくれていた場合も多いのです。
(3) 後医だけが前医を批判できる立場にある
医学・歯学の世界には“前医を批判しない”という倫理観や慣習がありますが、患者さん視点では後医が前医を批判すると「前の先生がダメだったから」と思い込みがち。こうして後医が名医に見えてしまうことがあります。
(1)や(2)が理由で、患者さんが後医を名医だと思ったとしても、それはどうでもいいことだと思います。患者さんの病気がちゃんと治るなら、どちらが名医と思われようががいいじゃないですか。
2. 実際にあったケース:方針変更で信頼を失った前医
治療方針に迷った症例
ずいぶん昔の話ですが、最後まで診断に迷った難しいケースがあります。様々な論文を調べ、知り合いのドクターに相談し、治療方針を考えて患者さんとご両親にお伝えし、患者さんはそれで治療したいと了承されました。しかしその後私は、実際に治療を開始するまでの間も考え続け、お伝えした治療方針とは別のやり方の方が圧倒的に効果的だ!という方法に辿り着きます。そこでもう一度患者さんとご両親に来ていただき、その方法について説明させていただきました。すると、ご両親は怒ってしまわれた。
”先生はこの間こちらの方法がいいと私たちに説明したではないか。私たちもその方法についてネットで調べて、納得して、治療を受けようと思っていたのに今日はそれとは違うことを言う。もう信用できません。別の先生を探します。”
治療は医師との信頼関係が全て
この時点で私は完全に患者さんからの信頼を失ってしまいました。私も人間ですのでそれなりに凹みますが、それは患者さんにとってはどうでもいいことです。問題は、患者さんがちゃんと治ること。たとえ私に治療を担当させてもらえなくてもその患者さんがちゃんと治りさえすればよい。
私はこれまでに調べた関連論文や資料と治療についての考え方を記したものを患者さんに渡し、次のドクター(後医)に渡すようお願いしました。もし何か問い合わせたいことがあるならいつでも連絡をくださいともお伝えしました。しかしその後連絡はありません。患者さんはおそらく後医の方が信頼できると考えて前医たる私の意見など聞いても仕方がないと思われたのかもしれません。
この場合は上記1にあたります。後医の先生は私の調べた資料を見れるわけですね。
このように、前医が真摯に患者さんと向き合っていても、ちょっとしたタイミングや印象次第で患者さんは後医に移ってしまうことがあります。ただ、結果的に患者さんが良い治療を受けて治るなら、それ自体は決して悪いことではありません。
3. 治療がスムーズに進んだと後医が称賛されるケース
前医の治療がベースになっていることも
引っ越しなどで転医してこられた場合、治療の続きをさせていただくわけですが、思ったより早く治ったと感謝していただけるようなことがあります。後医の治療だけを見て“早く治った=後医の技術が凄い”と評価されがちですが、これは、前医がしっかり基礎を築いていたおかげだったりします。そんなときは、”前の先生がちゃんとされていたからスムーズに治療が進みましたね!”とお伝えするようにしています。
4. 困るのは“前医の治療が明らかに誤っている”場合
医師は医師の批判をしてはいけない
確かに後医は前医を批判できる立場にありますが、後医は倫理的にそのような批判をしてはいけない。特に矯正治療の場合は、同じ症状であっても様々な考え方やテクニックがあるので、治療方針は担当するドクターによって異なることも多いのです。しかしそのような場合に、前医の方法を非難するようなことはもちろんしてはいけません。
ところが、困ったことに、明らかに間違い、あるいは稚拙な治療をされている、ということが、しばしばあるのです。前医の批判をすべからず、という医師同士の規定を守るならば、たとえその治療が間違っていても間違っているとは言ってはいけないということです。でもこれは患者さんの利益につながるでしょうか?
- もし前医のしたことを伝えたら、その患者さんは医者不信に陥るかもしれません。ひいては日本の医療全体への不信の輪が広がる可能性もあるでしょう。また、当然前医はその患者さんからの信頼を失うでしょう。私は前医から恨まれるかもしれない。前医からの紹介がなくなるかもしれない。前医が学会の権威だったら業界で干されるなんてことになるかもしれない。医者の世界は狭いですからね。
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だからと言ってこれを伝えずに隠蔽するようなことは、『患者さんへの貢献』ということを第一義に考えるならば、私はやはりできません。
どうしても前医の治療内容をお伝えせざるを得ない場合
例えば
- ついこの間入れてもらった自費セラミッククラウンが明らかに適合していなくて隙間が空いていた
- 抜歯をしてきたというのにレントゲンをみると歯根が折れて取り残されていた
- 虫歯治療の詰め物が隣の歯とくっついている
- 八重歯の矯正治療で虫歯でもないのに犬歯を抜くというような診断をされていた
というようなことが実際にありました。このように明らかにおかしいと思える場合は、慎重にではありますが、お伝えしないといけないと思います。
医師は患者さんを守るからこそ人の体をさわるライセンスを与えられています。患者さんの利益と、医者の利益が拮抗する場合、迷わず患者さんの利益を優先すべきでしょう。
5. 患者か、医師か――誰のための意見・批判かを見極める
基本的に、患者に対して、同僚である医師の悪口を言うような医師は信頼できません。医師に限らず、他者をさげすむことで自分を優位に見せようとする人には近づかないほうがよいのと同じことです。しかし、
- 患者さんの利益を守るため
- 誤った治療で後々困るリスクを回避するため
といった理由で、やむを得ず前医の問題点を指摘する場合もあるのです。それが「医師が自分を守るための言動」なのか、「患者さんのためを思った言動」なのか? 患者さんとしても冷静に見極める必要があります。
6. 現場でよくある“稚拙な治療”とは?矯正の実例
専門医から見ると「目を覆う」例も
実際、たまに他院のHPをみると、特に専門医でない医院の矯正症例写真などは、目を覆うばかりのものがあります。
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八重歯の治療で犬歯が抜かれている
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重なりは取れているが開咬になっている
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セラミックで歯軸を変えて前突を小さくしている
このような症例は専門医なら絶対表に出せないような症例ばかりです。ところが説得力のある文章とともに堂々と掲載されています。これを素人の患者さんに見極めろという方が無理なのかもしれません。
歯学部を卒業し、歯科医師免許さえ持っていれば、矯正治療を行うことは法律的には認められています。しかし歯学部を卒業するだけでは矯正臨床はほとんど習いません。プチ矯正とか部分矯正など、専門医が決してしないのは、それなりの理由があります。
もちろん私もいたずらに他院の批判をするようなことはいたしません。私だって間違っている可能性があります。私の症例が常に素晴らしいかというとそんなことはありません。それでも患者さんの利益を第一にということを常に肝に命じています。専門医が安易に“他院批判”をしないのは、トラブルを避けるためだけではありません。患者さんが混乱しないように配慮している面もあるのです。
7. 前医・後医の問題を超えて、患者さんができる対策
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納得いくまで質問する
先生が言うことを鵜呑みにせず、「どうしてこの方法なのか?」「他に選択肢はないのか?」を確認しましょう。自分の治療を理解することはとても重要です。 -
セカンドオピニオンを活用する
ただし、前医と後医の両方の話をバランス良く聞きましょう。偏った視点に陥らないよう注意して下さい。 -
情報を整理して持ち運ぶ
後医にかかる場合は、レントゲンや検査結果をもらって、必要に応じて後医に見せる。前医の治療経過を後医が把握しやすくなります。 -
専門医の資格や実績を確認する
矯正歯科・一般歯科に関わらず、専門性を確認しましょう。臨床経験や学会活動などをチェックして信頼度を見極めます。
まとめ
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前医と後医のどちらが「名医」かは、実は一概に言えないことが多い。
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患者さんが抱える不安や疑問を十分に解決できず、前医から離れてしまうケースもあります。一方で前医の治療のおかげで後医がスムーズに成果を出すケースもあります。
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一番大切なのは、患者さんの利益。医師同士の批判・批判回避に振り回される必要はありません。あくまでも正しい情報を基に最適な治療を受けられるようにしたいものです。
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「セカンドオピニオンをどのように活かすか」「専門医をどう見極めるか」。患者さん自身が学び行動することが今後ますます重要になるでしょう。
医療不信や医師同士の対立を避けつつ、患者さんにとって最良の治療を追求する。このために医師・歯科医師は日々葛藤しています。この記事を通じて、前医・後医の間で起こりがちな問題を正しく理解し、安心・納得のいく医療選択ができる一助となれば幸いです。
▼ 参考リンク
イースマイル国際矯正歯科では大阪梅田と大阪市天王寺オフィスで、セカンドオピニオンや再治療を含め様々な患者さんのご相談を受けております。ご相談はこちらからどうぞ。
有本博英
矯正歯科医
医療法人イースマイル国際矯正歯科理事長
口腔健康の機能性・審美性・持続可能性のバランスを最大化する『オーラルパワーを高める矯正治療』をライフワークとする。国内をはじめ、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、韓国、インド、中国、台湾、香港、シンガポールなど各国諸学会で招待講演。父は近畿初の矯正専門医院を開業した有本隆行。
日本非抜歯矯正研究会創設メンバー
世界矯正歯科医連盟会員
アメリカ矯正歯科医会会員
米国アングルソサエティ正会員
アラインテクノロジー社クリニカルスピーカー
インビザラインジャパンファカルティ
バイオラックスリサーチ社オーソパルスアドバイザー
デンタルモニタリング社アンバサダー
「非抜歯矯正治療」医師薬出版 共著者
EZアタッチメント、パワーボタン 発明者
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