Invisalign の歴史とマウスピース矯正の現在
有本博英 矯正歯科医
2020.08.17
いろいろ出てきた マウスピース矯正
イースマイル国際矯正歯科では、現在ほとんどの症例をマウスピース型矯正装置( Invisalign インビザライン・薬事法対象外)で治療しています。
このマウスピース型矯正装置、インビザライン以外にも2018年あたりから格安で出始めました。
矯正治療について検索したことのある方なら、皆さんのSNSにも様々な広告が出てきていることでしょう。
〇〇〇ライン、〇〇〇〇ティース、キレイ〇.com、〇〇らぶ、ビセット〇〇〇、ディパ〇〇・・・
これらの特徴はとにかく値段が安いことをアピールしていること。ここではこれらを格安エアラインLCCに倣って、
『格安マウスピース矯正(LCM: Low Cost Mouthpiece)』
と呼ぶことにします。
LCMは一見格安で手軽なのでどの装置がいいのか迷ってしまうかもしれませんが、現時点(2020年1月時点)で本格的な矯正治療をマウスピース矯正でするならインビザライン一択です。理由は3つあります。
理由その1 会社:提供している会社の歴史・技術力
理由その2 ソフトウェア:装置をデザインするソフトウェアの完成度
理由その3 ドクター:治療するドクターの意識と実力
会社:提供している会社の歴史と技術力
インビザラインシステムは、米国アライン・テクノロジー社が1999年に米国の矯正歯科医師を対象に提供を開始したものです。その後、グローバルに展開して、現在、世界100カ国以上の国々で提供され、これまでに800万人を超える患者さんが治療を受けられています(2020年1月時点)(2021年4月、1000万人を超えました。)
インビザライン・ジャパン株式会社はこの米国アライン・テクノロジー社(Align Technology, Inc.)のグループ会社であり、2006年よりこのインビザライン・システムを日本国内において本格的に展開。デジタル印象採得装置iTeroエレメントの販売とともに”インビザライン矯正治療”を日本の歯科医師に提供しています。
このアラインテクノロジー社、設立は1997年、Zia ChishtiとKelsey Wirthという二人のスタンフォード大学のMBA学生が起業して作った会社です。本ブログのアイキャッチ画像ですね。Zia Chishtiはパキスタン系のアメリカ移民で、当時矯正治療をしていて(もちろんワイヤー矯正で)、どうやら辛かったようです。そして、その治療が終わった時にワイヤーの装置を外してマウスピースのリテーナーをもらいました。そして、『これめっちゃええやん、これで歯動かせたらめっちゃええやん!』と言ったかどうかはともかく、マウスピースで歯を動かすことに可能性を見出したZiaはKelseyに声をかけ、一緒に始めたのがアラインテクノロジー。つまり、もともと歯科医師が考えて作った会社ではないのです。ビジネススクールの学生がビジネスを立ち上げたのです。
このマウスピースで歯を動かすという方法自体は彼の発想ではなく、TP社のTooth Positionerを考え出したPeter Keslingや日本でも吉井先生のソフトリテーナーとか、Essixシステムを考えたSheridanなどによって既に臨床応用されていました。
しかし、アラインテクノロジー社がした新しいことは2つの側面がありました。一つはこれを最初からコンピューターで装置のデザインをしたというところ、そして、もう一つは最初から資本を集めて広く展開できるマーケティング的発想があったということ(MBAですから!)です。
そして装置デザインとして彼らがとった戦略は、歯を動かすということは医療ですから、矯正歯科のプロに助けを乞うということと、コンピュータでデザインしたマウスピースで歯を大きく動かしていくということは誰もしたことがないことですから、プラスティックとメカニクスの専門家を迎えるということでした。
代表的な人物はパシフィック大学矯正学のRobert Boyd教授とレンセラー工科大学で生物医学工学の学位を持つJohn Mortonでしょう。彼らが最適な矯正力を発揮するプラスティック素材の研究をし、コンピューターで解析するアタッチメントデザインや、下顎前方整位の仕組みを組み込むなど、新しい技術を次々に投入していきました。そしてデジタルトランスフォメーションを加速させるためにCadent社を買収し、iTeroスキャナーを独自のものとします。
そしてさらに、実績のある矯正医をスカウトしてClinical Advisory Boardの仕組みを作ります。これらのドクターは臨床上の解決策をアライン社に提案し、同時にクリニカルスピーカー(現ファカルティーメンバー)として、新しいドクターたちを教えるという役目を依頼されています。これら現場からのフィードバックがインビザラインシステムをさらにいいものに改善していくのです。このアライン社のファカルティーはそれぞれの国・地域で任命されていて、私も2016年からクリニカルスピーカー・ファカルティーメンバーとして、インビザライン認定コースやスタディクラブの講師をさせていただいています。それでも実際の臨床技術をお伝えするには足りないので、賀久先生とともにコースを行なっていますが、そのくらいマウスピース矯正は奥の深いものです。
日本でインビザラインが始まった2006年の、その最初の認定セミナーに私も参加しましたが、当時私はとてもはじめる気にはなりませんでした。治療クオリティが良くなかったからです。ごく簡単と思われる症例でも矯正歯科医の目から見てちゃんと治っていない。こんなクオリティではとても採用するわけにいかないというレベルでした。しかしその後、アメリカ矯正歯科医会などで症例を見るたびにどんどん良くなり、ワイヤーでの矯正治療と全く遜色ない症例ができるようになってきたのを見て、2014年にiTero2.9を導入し、本格的にインビザライン治療を始めるようになりました。そして、その後ももちろん私自身のマウスピース矯正に対する知識や理解も進化しており、今も進化の途中であることを実感していますし、アライン社に様々な提案をし続けています。それらのいくつかは実際にインビザラインシステムに取り込まれています。
このように、アラインという会社はマウスピース矯正のパイオニアとして世界中で専門家集団を作り、世界一の症例数を持って材料やメカニクスを開発し、特許も多数保持しています。そして、他の追随を許さないドクター教育システムを持っていて、2年に1度は世界各国でインビザラインサミットを開催し、常に技術的進歩をする仕組みを作り上げています。
それでは、なぜ2018年あたりからマウスピース型矯正治療を扱う会社が多数出始めたのでしょうか?
それはアライン・テクノロジー社の初期の特許が20年経って切れ始めたためです。
つまり、20年前のアラインテクノロジー社の初期の技術と、デジタル故のビジネスモデルを組み合わせたものが、今出てきている様々な『格安マウスピース矯正(LCM: Low Cost Mouthpiece)』ということなのです。
ちなみにアラインテクノロジー創業者の2人はアラインを去り、Zia Chishtiは現在AfinitiというAIの会社を経営しており、その企業価値は16億ドルとも言われています。また、Kelsey Wirthは現在環境問題の会社を起業されているようです。歯科医師でなかった2人はマウスピース矯正におけるビジネスとしての役割を終えたということでしょう。今、そのビジネス的側面だけで参入してこようとしているLCMとは大きく違います。
もちろん今後、アラインテクノロジー以外にもマウスピース矯正のきちんとした会社が出てくる可能性はありますし、そうでないと競争がなく、技術の進歩が起こりません。しかしそれは、決してLow Costを目的としたものではないと思います。現にアライン社はそのインビザライン作成費用を毎年のように上げてきています。
ソフトウェア:装置をデザインするソフトウェアの完成度
装置をデザインするソフトウェアも、矯正歯科医の意図を反映できるような細かい設定ができるのは、今のところ、インビザラインを作成する際に使う「クリンチェックプロ」だけです。
矯正治療のマウスピースのデザインには3つの大きな要素があります。
- 治療ゴールの歯のポジションの設定
- ゴールまでの歯の動きのデザイン
- その動きを実現するためのアタッチメントデザイン
インビザラインでは「クリンチェックプロ」というソフトウェアを用い、治療ゴールの設定を一本一本の歯でドクターが詳細に設定します。この時点でそのドクターの矯正学的な診断と・独自のテクニックが反映されますので同じ患者さんの同じ型取りからでもドクターが違えば出来上がる装置は全く異なってきます。
そして、歯の動きのデザイン。これも矯正のバイオメカニクス(生体で歯が動く仕組み・生体力学)などを理解する必要があり、ドクターによってレシピが違います。
最後にアタッチメントデザイン。これは先に決めた歯の動きを実現するためのアタッチメントを設定する必要があり、バイオメカニクスの知識など、ドクターの腕の見せ所です。
このようにマウスピースの設計を担当するドクターの意図を装置デザインに反映できるソフトウェアがあるのは今のところインビザラインのクリンチェックプロだけです。
LCMのマウスピース型矯正装置のなかには、そもそも装置をデザインするソフトウェアで歯の動きを設定する機能がなく、歯型をとるだけで装置ができるようなところもあるようです。矯正治療というのは、精密で複雑なデザインの必要な治療です。 患者さん一人一人全く異なる口の中の状況のなかで、包括的な矯正治療を行うツールとして、装置を設計するソフトウェアは非常に重要です。クリンチェックプロでもまだまだ不十分と思う部分があるくらいですが、LCMでそのような精密な歯の動きのコントロールはまずできないでしょう。
ドクター:治療するドクターの意識と実力
LCMは多くの場合、型取りをした後、主治医のドクターにも会うこともなく、そのまま装置だけが自宅に送られてきます。
はたしてその治療に対する責任を取るのは誰なのでしょうか?
矯正治療で歯を動かすためには、相当な専門的知識が必要になります。
さらに、ワイヤーで歯を動かす理論とマウスピースで歯を動かす理論は大きく異り、マウスピースで歯を動かすにはそれに特化した知識とテクニックが必要となります。さらに、実際の治療においては、マウスピース以外にも様々なツールを用いて治療していくわけです。アンカースクリューを使うのか?、骨格的アプローチをするのか?、歯周のアプローチをするのか?近赤外線を併用した光加速のアプローチをとるのか?遠隔治療に適応させるか?など、一人一人の患者さんに合わせて処方が異なる医療としてドクターが責任を持っておこなうものです。ですので、計測して処方すれば済むコンタクトレンズのようにはいかないのです。
そして、インビザライン治療は患者さん自身がマウスピースを交換することで歯を動かしていきますが、その治療をどこまでサポートできるかは、オフィススタッフのチームワークです。学習塾でもビリギャルを慶応に合格させるところもあれば、教材を渡すだけのところもあるでしょう。
インビザライン治療は、マウスピースを渡すだけではなくて、しっかりとサポートしてもらえるようなところの方が治療も成功します。
これらのことは、矯正専門のドクターならみんなわかっていることです。矯正専門のドクターというのは、大学歯学部で6年間歯のことを学んで歯科医師免許を取得し、その後大学の矯正学講座で少なくとも3年から5年は矯正治療のことばかり学び、相応の症例を提出して専門医としての試験を受けることができるというものです。そしてそこからがやっと矯正専門のドクターの入り口なのです。
矯正治療そのものの難しさや、マウスピースで歯のコントロールをする難しさを知っているからこそ、包括的なマウスピース矯正はしないという矯正専門のドクターもいます。そのように、矯正治療の難しさをわかっている矯正専門のドクターであれば、もしマウスピース矯正をするなら、現状、インビザライン一択で、それ以外のLCMのマウスピース装置を使って包括的な矯正治療をしようとは思わないはずです。
しかし、今、多く始まったLCMに関わっているのは、関わっているドクターを明らかにしていない会社、矯正専門でない歯科医師がやってる会社、歯医者でない医師が始めたもの、医者でも歯医者でもないマーケティング専門の人物が始めたものなどで矯正歯科医が始めたというのは聞きません。
以上より、現状の格安マウスピース矯正(LCM:Low Cost Mouthpiece)は、
1. 矯正治療の難しさを知らないビジネス目的の会社が、
2. 矯正治療の難しさを知らないドクターを使って、
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3. 何も知らない患者さんに提供している。
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- 状況としか考えられないのです。
マウスピースに限らず、歯ならびの矯正治療はあなたの未来を変える治療です。どこでやるかはしっかり選ぶ必要がありますね。